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入賞トロフィー

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ガレージを整理してたら「がらくた」って書いてあるダンボール箱の中に、雑に詰め込まれたトロフィーが!
何度も引越しを経て行方不明になってた。
20年前後前に各地のミニバイクレースで頂いた物。
1個だけ鈴鹿のエリア選手権でTZ125で獲ったのも。
なつかしいな~
ラベルを見て思い出せるレースは2つしかないが。

ミニバイクでの成績は意識しない様に心がけてた。
順位より自分のアベレージタイムを短縮出来るかどうかが大事だった。
ぶっちぎってても、コケてもいいと思って攻め続けたし、入賞できなくてもタイムが上がれば大満足だった。シリーズランキングなんて、まったく興味が無かった。
トロフィーコレクターになるのが目標じゃないとイキがってたが、今となると老後の宝物かも・・・
少なくとも「がらくた」じゃない。

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こんな落書き入りのも↑
「裕介」=山下裕介くん
浜松のブラックパンサーレーシングチームのチームメイトだった。
裕介くんはロードデビューしたての16才、1993年の鈴鹿4時間耐久レースで先輩・八木くんと組んで、同世代で後の世界チャンピオン・加藤大治郎選手をバトルで打ち負かし優勝した男だ。
無名のルーキーが、ワークス待遇の超エリートルーキーを打倒した快挙だった。

「小永井」くんは同じくチームメイトでヤマハ発動機の同期。いい奴だ。
1995年?、やはり鈴鹿4耐で、ウェットの予選でポールポジションを取った男だ。
ウェットこそ練習になると言って、誰も走らない雨のカートコース、つま恋サーキットを2人だけで走り込んでた記憶がある。
社会人になってからレースを始めた彼の上達ぶりは驚きだった。

ブラックパンサーは当時、4耐で活躍してたから、名門チームといえばそうだが、特別なノウハウがあるわけでもなく、こじんまりした外車(バイク)屋で、みんなごくスタンダードなマシンでアットホームな雰囲気でレースをしてた。
ろくに商売にならないムサイ貧乏レーサー達を受け入れてくれた木村社長夫妻の温かさには感謝してる。遅くまでお邪魔して整備してると、よくご馳走してくれた。
チームの強さの秘訣は間違いなく、つま恋サーキットで切磋琢磨したミニバイクの下地があったからだ。

このトロフィーを獲った時が、どんなレースだったかさっぱり憶えて無いが、小永井くんと組んで出たミニバイクの耐久レースで裕介組に敗れたって事だね。
よっぽど悔しかったんだねー、俺。
成績を意識して無いはウソだった・・・

当時は、ロードコースでは30分の練習走行枠の予約がせいぜい月に3・4枠ぐらいしか取れず、それっぽっちの練習走行で3万円ぐらいのタイヤがパーになる。
ミニバイクで一日中、ショートコースを走り回ってた方が、よほどいい練習になった。
とにかく2つのタイヤでバランスをとる感覚を、走って走って体に叩き込みたかった。

一方で、ミニバイクで練習しながら意識してたのは、高いコーナリングスピードの維持を最優先させるのは小排気量ロードレースやミニバイクスペシャルなライディングスタイルだと考えてた事。
大排気量でも通用するためには、スライドさせない効率のいい乗り方じゃなく、滑っても滑ってもコントロールを保つスタイルだと思って追求してた。
ミニバイクじゃ不利な部分もあると思いつつも。

当時の125ccと500ccのトップライダーの走らせ方は、明らかに異なってた。
でも最近のMoto GPを見てると、車体やタイヤの性能、電子制御の進化で、ワイドなライン取りで走る異次元のコーナリングスピードになってる。以前の500ccの様に派手には暴れない。大排気量車でもコーナリングスピードの優先度は高まってる様に見える。
ケーシー・ストーナーだけは、スライドを超積極的に旋回に使い、インの縁石に乗って暴れてでも直線的な立ち上がりのライン取りをして加速を最優先させてると思うが。
今はレギュレーションでBSの統一タイヤだが、ケーシーだけは仕様を変えてあげないと、もたないんじゃない?と心配してしまうが、それでもチャンピオンを獲るのは立派だ。

Moto GPを見慣れると、Moto2やワールドスーパーバイクのコーナリングはえらくバイクと格闘してる様に見える。それはそれで見応えがある。

20代前半(ヤマハ就職前)に一番、走り込んでたのは、地元・茨城のJBR谷田部サーキット。今はもう無い。
当時、JBRのレース主催者が、トロフィー+賞品じゃなく賞金の方がいいか?って提案をライダー達に投げかけ、2つ返事で同意した。
以降、エントリフィー+ちょっとぐらいの賞金を頂いて喜んでたが・・・
今になると一番勝ってたJBRのトロフィーがほとんど無いのが寂しい。

勝手なもんだ。

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再び「がらくた」箱でお休み頂きます。

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コメント

トロフィーって形には残りますが、年月が経つと邪魔になって置き場に困ります。
家にも沢山のトロフィーが有りますが、半分以上は引っ越しor劣化で捨ててしまいました。

最近茂木でもらえる、クリスタルの盾は邪魔にならないし、飾って置いてもオブジェとして見栄えがいいのでGOOD

20年前に帰って、ミニでトロフィーコレクター一緒にしませんか?(笑)

投稿: ひらっち | 2011年12月 1日 (木) 08:18

スゲー!


レベルが違いすぎる〜。

投稿: ランニングマン | 2011年12月 1日 (木) 08:59

YOHNSさんの歴史ですね(o ̄▽ ̄)
20年も前のトロフィーなのに異常に綺麗な状態で残っているのがいかに当時から閉まったままになっていたかを物語りますね(笑)
僕も実家の物置に置きっぱなしでしたが親が引っ越すときに「持っていくか捨ててくれ」と言われたのでとりあえず店に飾ることにしました。
飾っておくと仕事的には信用を得れて良いみたいですよ。

投稿: ALPHIN森 | 2011年12月 1日 (木) 10:59

おっさんは
JBRに反応だす・・番町もそうだっぺ

この前まで?今もあんのか
JBR看板があったけ?

その昔はジャイロの飛行場打ったけなあ

投稿: ぶらっくさいばー | 2011年12月 1日 (木) 12:27

>ひらっち
そうっすね~
コンパクトで質感の有るのがいいですね。
今朝、初めてトロフィーを見た息子に「ハドソンホーネットだ!」って言われました。
息子も大好きなCARS(1)の映画の中で、ハドソンのトロフィーがガレージに無造作に転がってるシーンが有りました。

もうそうそうレースに出てられないし、そうとう鍛え直さないとトロフィーは頂けそうにないっすね。

>ランニングマン
いや~、ランマンのハングリーさの方がスゲ~よ!
ランニングもバイクも。
自分の追い込み方、ハンパ無いっす。

>森親分
親分の獲得したトロフィーは重みが違います。
俺が予選通過にアップアップしてた関東選手権の優勝トロフィーですからね!
UVコートのケースに入れて末代まで保存して下さい。
今度、トロフィー参拝に伺います。

>ぶらっくさいばーさん
JBR谷田部、寂しいですね。
なんか出身の小学校が廃校になった様な。
バイク青春のスタート地点ですからね。
ライディングのみならず、色々育ててもらいました。

投稿: YOHNS | 2011年12月 1日 (木) 14:07

自分の輝かしい記憶の産物は、屋根裏にあります。

まだ陽さんの場合段ボールの中はましっす。

たぶん、ネズミにかじられ屋根裏で引き回しにされてるような・・・・・

JBRって看板残ってまして、前を通るたびに、保安部品無し、混合仕様のNSR50をサーキットまで自走で行き、走っていた記憶を思い出してしまいます。
補足ですが、ナンバーも無しでした(もう時効なので、話できるねたですcatfacegood)
良い子は真似しないように

投稿: 番長 | 2011年12月 1日 (木) 14:34

90年代後半のはすでに重みは無いですよ~。
ちなみに関東選手権では最高2位で優勝は無いんですよ~古傷が痛む・・・(TT)
優勝は地方ばっかです。

みんなJBRって行ってたんですね。
超せまいコークスクリューみたいなのがある所でしたっけ?昔一度だけ見に行ったような・・・

投稿: ALPHIN森 | 2011年12月 1日 (木) 14:52

トロフィーすごいっすねぇhappy01

自分が自力で頂いたのは大洗選手権の3位だけです。

ぜひぜひお店に飾った方がいいですよ~

投稿: えぐっちゃん | 2011年12月 1日 (木) 17:49

>番長
JBR、よくそんな不良レーサーを走らせてくれましたねー
俺も15の頃、免許取得を待ち切れなくて2回、POLICEさんのお世話になりましたが…平謝りで見逃してくれました。
番長トロフィー、早くネズミから取り返しといて下さい!

そう言えば思い出しました。
静岡行く前に送別会的に、JBRで相棒タカナシ君と2人のトロフィー並べて記念撮影して、トロフィー捨てました。
いやどっかにしまい込んだのかな…
やっぱ忘れた…
写真、どこだべ?

JBRの看板・・・あるんだ・・・
そんなの見ちゃったらキュンときてポロッっす。

>森親分
SP250でトップ争いに加われるだけで十分、ツワモノです!
少なくとも俺には無理。

JBR、遠征でレースに来たライダーはみんなビックリしてましたね。
1コーナーがいきなり2Rぐらいで落差付きの有り得ないヘアピンでした。

>えぐっちゃん
どんなレベルであれキャリアであれ、練習して上達できた時は最高です。
えぐっちゃん、伸び盛りですからねー!

マリンショップにバイクのトロフィー飾っても???ですね。

投稿: YOHNS | 2011年12月 1日 (木) 19:33

いい話ですね!
峠をTZR250で攻めていた私にはトルフィーなんてないなあ(笑)
でもミニバイクにはもっと早く知り合っていたらなあ〜ってふとおもいます。

投稿: I岡 | 2011年12月 1日 (木) 23:43

峠で上達しようと練習するのは命がけですね。
コケたら4輪に跳ねられそう。
ガキの頃、カメラ持ってチャリこいで筑波山に見学に行きましたが、カメラ構えると頑張っちゃって目の前でのクラッシュ続出でした。
そんなの見てたんで自分は峠歴はほとんどありません。
ミニバイクは何歳になっても楽しめますね。

投稿: YOHNS | 2011年12月 2日 (金) 00:44

こんばんは
山下裕介の妻です。
今回旦那を検索していて、このブログをたまたま発見してコメントさせて頂きました。

入賞トロフィーの記事から、検索に引っ掛かり拝見しました。

今まで義理の父から、息子自慢の話は聞いていましたが、話半分であまり聞いてませんでした。
私は、ロードレースは全然詳しくないので、分かりませんが今回旦那の名前がこのような形で拝見できたのは、信じてなかったので、とてもうれしく思います。

旦那は現在太ってしまい、バイクに乗ってもウイリィーしてしまうと思います。
当時の仲間の『だいちゃん』と釣り三昧の日々を過ごしてます。

投稿: 山下昌子 | 2012年2月16日 (木) 22:07

昌子さん
はじめまして!
天才の奥様ですかー!
だいちゃんって大橋大ちゃん?拓郎の兄ちゃん?
とすれば彼もまたナイスガイですね。

あれ?餃子メーカーは山下家だっけ?大橋家だっけ?
よく餃子、もらったな~。

旦那様は何かちょっときっかけが有れば、間違いなく世界で活躍してたハズだと信じてます。
そっちの道に執着しなかったって事なんでしょうか?
10代の頃の裕介しか見てなかったんで自分には判りませんが。
そりゃお父さんも、自慢の息子でしょうね。
自慢話は盛って無いと思いますよ。ほんと凄かったですから。
チョイワル父さんもお元気ですか?
激ワル息子は落ち着きましたか??

裕介の強烈な走りの残像は、十数年、バイクを降りていた自分の、未だ教科書です。

投稿: YOHNS | 2012年2月16日 (木) 23:13

こんにちは。
『だいちゃん』とは大橋兄弟です。
拓郎君も最近会ってないですが、今では防水業の社長さんです。

餃子メーカーは山下家で、チョイワル父さんも健在ですよ。
最近は中国に工場を立ち上げ、生産→販売を行うべく奮闘しています。なので旦那は月の半分は中国滞在です。
今は東京に主張中なので、帰ってきたらYOHNSさんの事話たいと思います。

たぶん凄く褒めてもらってますので、喜ぶと思います。

YOHNSさんの記憶と繋がるか分かりませんが、その後アマで日本一になってプロ入りし、大阪の甲子園というチームにお世話になっていたと思います。
本当に話半分で聞いていたので、定かでないですが・・

引退の理由は、000万のバイクと専属のメカニックがつく内約までいったみたいですが、当時のマネーシャーが他に話を漏らしてしまい、話が御破算になってしまったらしいです。
メカニックが嫌で、解放されるために頑張っていたので、やる気がなくなり『や~めた』で浜松に帰ってきたそうです。

旦那がバイクに乗っているのを見たことがありません。
本人は『もう一生分乗ったからいい』と言ってました。

でも、本当に思うのですがレースをやっていた方は闘争本能が凄いというか、死と隣り合わせで戦ってきたので生き抜く力が養われているのではないかと思います。
拓郎君もそうですが、YOHNSさんも何か店を経営なさってるのですよね?
社会にでても負けない根性で成功できるのだと思います。

旦那は家庭でも、闘争本能むき出しで、夫婦ゲンカはバトルになるので辞めてもらいたいです(笑)
この間は、メンチカツの揚げ物を失敗してしまい怒られました。他人のミスで死んでしまう世界なので、『ミスを許さない』これもレースで培った性格だと諦めてます(苦笑)

長文になってしまい、申し訳ございませんが
本当に事故には気をつけて楽しんでください。

投稿: 山下昌子 | 2012年2月17日 (金) 12:22

俺が褒めたぐらいで喜ぶタマじゃないっすよ…
忘れ去られてるかも。

TZMってバイクの開発極秘テストで、裕介とマサヒロ君って子と3人で近所のサーキット(つま恋)のタイムアタックして、3人揃ってコースレコード更新したのが、ついこないだの事の様です。
開発ライダーの意地で、裕介に0.1秒勝ったらメチャメチャ悔しがってましたね。
「俺が引っぱってあげたからじゃん!」って。

その通りです。

裕介と拓郎の闘争本能は別格ですね。
レーサーみんながみんな、あーじゃ無いです。
練習中に尊い命を落としたチームメイトもいました。
ロードレースは好きなだけじゃ続けていけません。

メンチカツぐらいで怒ってんなーっ!
と申し上げたいですよ ヽ(´▽`)/

投稿: YOHNS | 2012年2月17日 (金) 20:09

『俺が引っぱってあげたからじゃん!』って
言ってる様子が目に浮かびます(*^m^)

本当に尊い命を落とした方がいっぱいいるようで
最近レースの後遺症で首が痛いといってますが、命があって良かったです。

今回YOHNSさんのトロフィーを見て、引っ越しの時に本気で捨ててくれと思ったレーシングスーツも、この先いい思い出になるので処分しないであげようと思いました(*゚▽゚)ノ

投稿: 山下昌子 | 2012年2月17日 (金) 20:47

捨てちゃえー!
俺みたいに悪い虫がムズムズし出したら大変!
間違いなく今でも超速いですよ。
俺と違って、ガキの頃からバイクを体で覚え込んでますから、そうそう鈍らないはず。

あ、どうせあっても着れないのか?

投稿: YOHNS | 2012年2月17日 (金) 23:51

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